透析患者✕農業従事者『血液透析をしながら農家を営む』廃業を決めたあの日から、現在また働けている今日までの話

こんにちは!カムさんです。

今日は、血液透析をしながら働く父のスケジュールについて。

透析を始めたら働けなくなるの?

本人も家族も、ここはかなり心配な点ですよね。

私達家族も、最初はかなり不安でした。

透析を始めてから2年間の経過を含めてお話します。

腹膜透析から血液透析へ

父の働き方が変化したのは、腹膜透析から血液透析に移行するときでした。

もちろん腹膜透析を始めるときにも、これからは不自由な生活が待っている…と落胆したのですが

日中は思っているより自由に動けること、夜間の外出がある繁忙期には腹膜透析の種類を変えることで対応できたため

蓋を開けてみれば、仕事がいいリハビリになってかえって元気になった

というありがたい結果でした。

しかし、やはり血液透析に移行するほど体調が悪くなってくるといよいよそういかなくなってきました。

血液透析への移行

まず、血液透析に移行したのが、計画的ではなく

急な体調不良から始まったことが、父のやる気も気力も奪う原因のひとつになりなした。

入院当初は不穏も続き

せん妄、パニック。60代の父にも起こった、入院中の不穏の話

このまま認知症やうつ病になってしまうのでは…?という懸念も家族に生まれていました。

加えて、この入院が、カテーテルの造設でも炎症が起きかなり長引いたのも後の生活に大きく影響を与えました。

身体が動かない

入院も1ヶ月を過ぎてくると、筋力がガタンと落ちていきます。

立ち上がれない、すぐに疲れる、グッと体が老けてくる。

目に見えて衰えていく父、その老いは、心にも影響を与えていきます。

農家を廃業します

父が、入院中に家族を集めました。

血液透析で一日おきに病院に来なくてはいけないこと、もう体が言うことを聞かないこと

そういったことから、父は私たちに『農家をやめたいと思っている』と力なく告げました。

家族も、肯定も否定もすることなく、ただ父の姿をみているだけでした。

created by Rinker
¥2,640 (2020/10/01 01:02:59時点 Amazon調べ-詳細)

退院

父の引退宣言から2週間。

血液透析も安定したことから、自宅へと帰ってくることになりました。

退院が決まってからは、家での生活を考え、病院内を歩いたり人とも多く関わることで

父はずいぶん前向きに変化しました

相変わらず足の筋肉は落ちたままでしたが、車椅子を使うこともなく

通常の生活は過ごせるようになっていました。

退院後、もう一度進退を考える

退院も無事済み、家での生活が始まりました。

季節は間もなく春になろうとしている頃、父の加入している組合から『もう一度農家をやらないか?』と打診があったようです。

お茶農家として長年働いてきた父。

やはり、横のつながりや、今まで大きく広げてきた畑、加入している工場をすぐに辞められないということから

できる範囲だけでも…と、また仕事に出るようになりました。

『できた』を積み重ねる日々

退院直後は立ち上がることすらままならない父でしたが、冬を乗り越え

春には少しづつ仕事を始め

初夏には今までの6割程度は仕事をこなせるまでになっていました。

もちろん、この間にも透析は入ってきます。

8時 仕事へ

11時 自宅へ戻る

11時半 病院へ

12時〜17時 血液透析

透析のある日は、このような流れで仕事と透析をこなしています。

透析後も仕事はできるのか?

結果、父は仕事を辞めずにすみました。

振り返ってみれば、これは

周りが父を励まし

母がサポートし

父も動こうと頑張った結果です。

今のところ、透析を始めてから1年半ほどですが、なんとか日々仕事ができている状況です。

もちろん透析を始めるにあたっては、体調不良があると思います。

しかし、現状が全てではないかもしれません。

振り返った際に、どうか後悔の少ない決断をなさってくださいね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です