8年透析をした祖母の最期「人はいつ亡くなるのか」

透析 老衰 最期 祖母

こんにちは!カムさんです。

92歳でこの世を去った祖母。

透析治療を開始してから8年が経過していました。

お医者様が言うには、「老衰」でしたね。と。

祖母の部屋を片付けていると、日記が出てきました。それもザッと50年分。

祖母が20歳で嫁いできてからすぐのものはありませんでしたが、私の知っている祖母は全てそこにありました。

人の日記を見るのもな…と思いつつ、亡くなる前1年ほどの日記を少し整理も兼ねて開かせてもらうと

自分の気持ちを残すのではなく、家族全員の行動が書かれているものでした。

あぁ…祖母らしいな。というのが最初の感想でした。

その中で、気になったことがあったので、少しお話しさせてください。

祖母の日記

祖母が亡くなったのは、2020年5月12日

しかし日記が終わっているのは、2019年8月14日です。

祖母は、日記が途絶えている1ヶ月後くらいに、一度意識がなくなり入院した経緯があります。

その時の詳細はこちら

【慢性腎不全】祖母の透析を終わりにするかもしれない話【看取り】

意識がないまま入院したため、祖母はそこから少しおかしな話をしたり、自分の置かれている状況が分からなかったりと

素人判断ですが、認知症のような症状が出るようになりました。

家に帰ってきてからのこと

その後、無事退院した祖母でしたが

足腰が思うように効かず、寝たきりの生活が始まりました。

2019年10月のことでした。

人はいつ亡くなるのか

私は、祖母がいつも書き物をしていたことを覚えていたので

退院後も、ずっと寝たきりでは辛いだろうと

日記帳を贈りました。

しかし、祖母は以前のように日記を書くことはありませんでした。

プライドの高い彼女ですから、手の揺れで読めないような字で書くことが嫌だったのか

それともただ単に、日々を認識する・記録するということができなくなっていたのか…

それでも、亡くなる1ヶ月前くらいまでは

  • 今が何月何日なのか
  • 今日は何曜日なのか
  • 透析には行く日なのか

そういったことは意識的に祖母から聞かれることは多かったです。

日記が途絶えた時から思うこと

日記があの日から途絶えていた事実を知って、私はなんとなく

私が家族として知っていた祖母は、あの、最後に入院した時からもういなかったのでは…と感じました。

退院してからの祖母は、昔のことと今のことが混ざってしまったり

時間が分からなくなってしまったり

しばらく会っていない人は、認識できないようになっていました。

それに、耳も随分遠くなり、話が一方通行になっていることも多かったのです。

そう思うと、あの時から一年間、祖母はどんな気持ちだったのだろうと思うのです。

私たちは、日記が止まったあの日、祖母を見送るべきだったのでは…とも思うのです。

しかし、退院後にも、ひ孫と笑い合う日がありました

私と昔話する日もありました

祖母との新しい思い出も増えたのです。

それが無駄だったとも思えないのです。

正解はないけれど「死」は、その人本人だけのものではないことを強く感じました。

生きていることが、他人との関わりの上で成り立っているように

死ぬこともまた、それの延長上にあるんですよね。

 

思うように死にたい、なんて、わがままなんでしょうか。

 

祖母の最期から、色んなことを考えさせられます。

みなさんなら、どんな最期を願いますか?

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